MEMORY PAGE / EXHIBITION 02
CONCEPT WORK 実在のご依頼ではなく、Mass.の表現思想を伝える制作例です。
母の台所に
残っていた音
家を出て、私も朝をつくるようになって、
はじめて、あの音の意味を知った。
01 / BEFORE THE HOUSE WOKE
家が目を覚ます前に、
母の朝は始まっていた。
これは、母の台所を思い出す、大人になった娘の記憶です。
やかんを火にかける音。戸棚から器を出す音。包丁がまな板に触れる、小さく規則正しい音。
子どもの私は、眠い目でその横を通り過ぎ、用意された朝ごはんを急いで食べていました。母が何時に起き、どんな手順で家の朝を整えていたのか、考えたこともありませんでした。
いま思い出すのは、料理の名前よりも先に、家族が目を覚ます前の静けさを、ひとつずつほどいていく母の音です。
02 / THE MORNING SCORE
いつもの朝をつくっていた、
四つの音。
特別な出来事ではなく、何度も繰り返された音だからこそ、長い時間を越えて残っていました。
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06:32
かちり。
火がつく。まだ暗い部屋に、最初の温度が生まれる。
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06:41
とん、とん。
まな板の上で、同じ間隔が朝の時間を刻んでいく。
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06:48
しゅう。
湯気が窓の光へ溶けて、台所の輪郭を少しだけ曖昧にする。
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06:55
いってらっしゃい。
背中から届く、毎朝の短い言葉。いちばん残っていた音。
03 / THE FIRST QUIET MORNING
母の音が消えて、
はじめて気づいた。
家を出た翌朝、ひとり暮らしの部屋で目を覚ましました。冷蔵庫の低い音だけがして、湯の沸く気配も、包丁の音もありませんでした。
自由になったはずなのに、朝がどこから始まるのかわからなかった。カーテンを開けても、部屋はまだ眠ったままに見えました。
静かだったのではない。
母が、いなかった。
あの音は、ただ朝食をつくる音ではありませんでした。今日も安心して外へ出られるように、母が家族の一日を先に起こしてくれていた音でした。
04 / THE SOUND I INHERITED
「ある朝、自分の包丁の音に、
母がいた。」
それから何年も経ち、自分の家の台所で火をつけ、野菜を切り、家族へ「いってらっしゃい」と声をかけた朝。母の音は消えたのではなく、いつの間にか私の手へ移っていたのだと気づきました。
05 / AFTERGLOW
母の朝は、
私の手の中で、まだ続いている。
あのころの母へ。
毎朝つくってくれていたのは、朝ごはんだけではなく、
私たちが安心して一日を始められる場所だったのですね。
いま、ようやく、ありがとうと言えます。